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LASIK体験談-手術室看護師編-

裸眼ライフは本当に快適

H22年12月9日にiLASIK®を受けました。
私は、小学校高学年からの近視で、小学校でメガネ、中学校でコンタクトレンズを装用していました。結膜に季節性のアレルギーがあるため、最初の頃は、ハードコンタクトレンズを使用していましたが、スポーツもしていたので、ソフトコンタクトレンズも併用していました。

周りでLASIKを受けている友人がいたため、眼科に入職する前からLASIKに興味を持っていましたが、目を触られるという恐怖感と、OPを受けることで見えなくなったらどうしようという不安感から自分が受けようとは思っていませんでした。しかし、旅行が大好きな私は、常にコンタクトやケア用品を持っていかなければならないことや、装着の煩わしさ、眼の乾燥を感じていました。

手術室配属となった直後は、マイクロケラトームという刃物を使用してフラップを作るLASIKが主流でした。しかし、フェムトセカンドレーザーを使ってフラップを作成するiLASIK®が導入され、より安全性が高く切断時の歪みが少ないと聞き、ますますLASIKに興味を持つようになりました。

iLASIK®患者さんの手術に自分が入るようになり、実際に手術がどういうものなのかを目にするようになりました。知っているスタッフで信頼できるという思いがあり、iLASIK®を受けようと決意しました。

ソフトコンタクトレンズをしていたので、手術までにまず2週間コンタクトを外し、眼鏡をかけていました。(これがとても不便。手術室はマスクを着用しているので眼鏡が曇る のと、視野が制限される。顕微鏡も覗きにくいし・・・。とにかく早く手術を受けたい!!)

そんなことを考えながら、2週間コンタクトを外した後、角膜厚や角膜の形状、内皮細胞などの適応検査をたくさん受け、iLASIK®適応となり、やっと念願のiLASIK®を受けられることとなりました。

手術の日、午前中は手術室でいつものように勤務しました。スタッフから「今日手術やねー。頑張って!」など励ましの言葉を頂きましたが、私自身は手術を受けるという実感が無く、全く何も緊張もしていませんでした。

勤務が終了し、先輩から「自分の手術に使う器械は自分で出す?」と言われたので、手術の器械を準備し、手術の時間が近づいたので、6階のケアルームに行きました。ケアルームに着くとすぐに、血圧と体温を測定し、手術室に行きました。緊張していましたが、福岡先生や、一緒に働いているスタッフを見ると少し落ち着きました。

眼鏡を外すといつもと違った景色になりましたが、看護師に誘導され、寒くて狭いLASIKの部屋に入りました。

イソジンで眼の周りを消毒され、(何かスースーするし、くすっぐたい)
ドレープをかぶり、(暗くなるので意外と怖い)
吸引リングを付けます。
(眼を器械で開けるのと吸引がかかるので見えにくくなるのと、天井や見えるものが白黒なので少し不安)
コーンという器械とドッキングし、フラップを作成(一瞬眼にかなりの圧がかかるし、少しだけ痛い?)
左目も同じ作業をしますが、右眼でだいたいのことが分かっているので、落ち着いていました。
無事に両目のフラップができたので、後はレーザー照射です。(何だかほっとした。)
さっきとは違う器械で眼をかなり開けます。(ちょっと痛いな。)
先生が痛いか聞いてくれたので、痛いと答え、麻酔の点眼を足してもらいました。
(先生から声をかけられ、少し安心。先生優しいな。)(何か目の上で動いているのが見える。)
フラップをめくり、(あーーー。見えなくなった。でも今はフラップが上がってるからな。)
レーザーを照射し、(一点を見る。一点を見る。一点を見る。一点を見るーーーー!!!)
フラップを戻します。(お帰り私のフラップちゃん。無事帰ってきてくれてありがとう。)

左も同じ作業をし、手術は無事終了しました。
ベッドから起き上がると、先生の顔や時計が霧はかかっていますが、とてもよく見えました。
霧がかかったような感じやグレア現象は、徐々になくなりました。手術後に見え方が変わりましたが、術後の検査は術後1日、術後1週間、術後1カ月、術後3カ月にあるので、とても安心できました。

そして今では、近視で見えないということがどういうことだったのかを忘れるくらい、快適な裸眼生活を過ごしています。

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